チェンナイで得た新たな気づき

 先週までイベントで忙しく疲れが出たのか風邪気味です。そんな時こそ静かにブログを書こうと思い、綴っています。

 今年度はなんと12月中旬から1月末にかけて、そして7月から約1ヵ月ほどチェンナイに滞在しました。12月に行った理由は音楽、舞踊シーズンならではのパフォーマンスを鑑賞したかったのと、新しい演目をたくさん学びたかったからでした。その時の収穫は学ぶことができた演目とそれ以上に切磋琢磨できるダンサーと友人になることができたことでした。今の時代はオンラインでもインド古典舞踊を学ぶことができるようになりました。ただし、インドの文化を自分の体に馴染ませ踊るため、新しい人々に出会い視野を広げるためにはインドでの修行が必須です。毎回足を運ぶ度に新たな出会いがあり、今でもその友人たちは私にとって良きライバルであり、仲間でもあります。

 7月はresidential workshopといって1週間の舞踊合宿に行ってきました。流石にインドに行き過ぎだなと思いましたが、先輩や家族に相談し背中を押してもらえたので、行ってきました。1週間という限られた時間の中で5演目を学ぶ必要があったので、ついていけるかどうか心配しました。結果、気合いでもがきながらも学びきることができました。以前は師匠の個人レッスンを受けることが多かったのですが、合宿以来、最近はグループで学ぶスタイルも好きです。周りのダンサーが助けてくれたり、時には切磋琢磨したり、周りの人からも学ぶことができます。合宿でも多くの人に助けてもらいながら、私自身も前向きに取り組みました。ひーひー言いながら新しい演目を覚え、空き時間はみんなでチャイ屋、3食を共にし、夜はぶっちゃけトーク!(笑)今まで味わったことのない楽しい経験でした。ぜひそういった機会があったら行ってみてください。忘れられない思い出となります。

 7月の合宿後、1週間ほどチェンナイに滞在していましたが、師匠が忙しくほとんど個人レッスンを受けることはできませんでした。私がチェンナイから帰る前に、師匠がアメリカに行ってしまった時はなんだかとても切なかったです。そんな切なさを胸にお気に入りのお寺に足を運びました。外はクラクションがなり賑やかですが、一歩そのお寺に入ると空気感が違うのです。まるで誰かにぎゅっと抱きしめてもらったようなそんな温かい気持ちになりました。お寺に入ると自然と涙がこぼれ、お寺にいる神様が優しく話しかけてきてくれているようでした。お寺の壁や柱に描かれた彫刻に1つひとつ目を通しました。彫刻が私に何かヒントを与えているような気がして、バラタナティヤムの枠を越えて学びたいことが見えてきたのです。そして、お寺を後にする前にお寺のダンスステージに登りました。早朝だったこともあり、ダンスステージの周りには誰もいません。そのお寺に鎮座している神様に感謝を伝えるため、誰も見ていませんでしたが、一人静かに踊りました。自分の内側から喜びが溢れ、とても温かく優しい気持ちになることができました。私が踊りを通して求めていたことは、これなんだと実感したのです。有名な場所で踊ること、誰かにすごいと思ってもらうことはさほど私にとっては重要ではなく、自分の心を研ぎ澄まし踊ることで喜びを感じることが大切だと思ったのです。    

 1時間ほどのお寺での滞在でしたが、多くの気づきを得た時間でした。自分が楽しむことができればどんな踊りでも良いということではありません。その喜びに到達するためには日々の練習、鍛錬が必要で、そうして初めて踊りが形になり、観ている方にも踊り手の自分にもポジティブなエネジーを与えてくれると信じています。

 次はいつチェンナイに行くかはわかりません。オンラインで新たなことを学び始めたので、新しいMaya Shokoになるのは、数年後なのではないかと思います。初心に戻り自らの学びを深め、自分の学んできたことを積極的に伝えていきたいです。

 覚醒してしまいました!(笑)最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


お寺のステージにて一人踊った日

彫刻の女性は豊かな体をもつ。バラタナティヤムでは腰をくいと曲げる姿勢はあまりないが、昔はそういう姿勢も舞踊にたくさん使われていたはず。女性らしく好きなポーズ。

Maya Shoko

南インド古典舞踊 バラタナティヤム Bharatanatyam

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